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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6035号 判決

原告 飯塚武芳

〈外四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 安藤一二夫

同 岡田豊松

被告 君塚多喜子

〈外八名〉

右九名訴訟代理人弁護士 景山収

主文

被告君塚多喜子は、原告ら五名に対し、別紙第二目録記載の、原告飯塚武芳に対し別紙第四目録記載の各建物より、被告呉清正は、原告ら五名に対し、別紙第三目録記載の、原告分部道男に対し、別紙第一〇目録記載の各建物より、被告山田安子は、原告飯塚武芳に対し別紙第五目録記載の建物より、被告安田せつは、原告飯塚武芳に対し、別紙第六目録記載の建物より、被告大戸幸枝は、原告飯塚武芳に対し別紙第七目録記載の建物より、被告郭仕は、原告飯塚武芳に対し別紙第九目録記載の、同田中秀和に対し別紙第一一目録記載の各建物よりそれぞれ退去して当該目録記載の右建物敷地を明渡せ。

被告篠原すみ子は、原告飯塚武芳に対し別紙第八目録記載建物を収去して、同目録記載の敷地を明渡せ。

被告清水清は、原告ら五名に対し別紙第一ないし第三目録記載の、原告飯塚に対し別紙第四ないし第九目録記載の、原告分部道男に対し、別紙第一〇および第一一目録記載の各建物を収去し当該目録記載の右各建物敷地を明渡せ。

被告清水清は、昭和三八年八月四日から、原告飯塚武芳に対し別紙第四ないし第七および第九目録記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金一、一二六円、原告分部道男に対し別紙第一〇目録記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金二八〇円、原告田中秀和に対し別紙第一一目録記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金一五〇円、原告ら五名に対し別紙第一ないし第三目録記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金九八九円の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は主文第一ないし第三項および第四項と同旨および、被告清水清は昭和二三年一〇月二五日から別紙目録一ないし一一のうち八を除くその他の土地明渡済に至るまで原告飯塚武芳に対し一ヶ月金一、一二六円、同分部道男に対し一ヶ月金二八〇円、同田中秀和に対し一ヶ月金一五〇円、原告ら五名に対し一ヶ月金九八九円の割合による金員を支払えとの旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として

一、別紙第一ないし第一一目録記載の各土地を含む東京都豊島区目白町一、七〇五番地の九宅地二一二坪四合七勺(以下本件土地という)は、訴外中島幸作の所有であるが、昭和二三年一〇月二五日、原告らは中島より右土地のうち別紙図面表示のD、C、K、L、M、N、P、Q、S、H、I、J、Dの各点をそれぞれ結んだ線内の土地一八七坪七合三勺につき、右図面上赤線にて囲み氏名を表示した部分はその表示に該当する原告飯塚、原告田中先代田中又蔵、原告分部、原告立花、原告夏目が、その以外の部分は右五名が共同して、期間を定めず、賃料合計一ヶ月金一、五六八円、普通建物所有の目的で賃借し、原告田中秀和は右田中又蔵が昭和三八年七月一四日死亡したため、遺産分割協議の結果右又蔵の右土地に関する賃貸借契約による権利義務を承継した。

二、右土地を原告田中先代又蔵および原告田中を除くその他の原告らが賃借した昭和二三年一〇月二六日当時より被告清水は右原告らの賃借土地上に別紙第一ないし第七、第九ないし第一一目録記載の建物を所有し、被告篠原は同第八目録記載の建物を所有し右各目録記載の建物敷地(別紙図面表示のとおり)を占有し、その他の被告らはそれぞれ請求の趣旨記載の建物を占有してその敷地を占有している。

三、よって原告らは被告らに対して、本件土地のうち前示部分の訴外中島に対する賃貸借契約上の債権者として土地所有者中島に代位して、同人の所有権に基づき請求の趣旨記載のとおり建物を収去し又は建物より退去してその敷地たる土地の明渡を求め、被告清水に対しては同人が請求の趣旨記載の土地を故意又は少くとも過失により占有することによって原告ら(原告田中先代又蔵を含む)の有する前記賃借権を侵害し、その行使を妨げ少くとも月一坪一〇〇円の損害を与えているから原告田中を除くその他の原告らおよび田中又蔵が本件土地を賃借した日の翌日である昭和二三年一〇月二六日から(原告田中については又蔵死亡までの分は相続により承継した権利として、昭和三八年七月一五日以降は同原告自身の権利として)右土地明渡済に至るまで一ヶ月一坪金一〇〇円の割合による損害金を各原告の賃借部分に応じて計算した請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

と述べ、

四、被告らの抗弁に対し、

被告らの主張する抗弁事実中その主張する登記の存することは認めるがその他の事実はすべて否認する。かりに被告ら主張の訴外石川との間の売買契約が成立したとしても原告らは、訴外中島に対する本件土地明渡訴訟の執行保全のため、本件賃借権を被保全債権として、昭和二五年一〇月一四日、東京地方裁判所昭和二五年(ヨ)第三六九七号仮処分申請事件において本件土地処分禁止の仮処分決定を得て、同月一六日本件土地につき譲渡、質権賃借権設定などの一切の処分を禁止する旨が登記された。訴外中島は右仮処分決定の禁止に違反して昭和三四年一一月四日訴外石川に本件土地所有権移転登記をなしたものであるから、訴外中島、同石川間の本件土地所有権移転を原告らに対抗することができない。

と述べ、

立証≪省略≫

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中、訴外中島が、本件土地の所有者であったこと、被告清水および被告篠原が本件土地のうち原告らの主張の頃からその主張の部分にその主張する各建物を所有し、右部分を占有していること、右両名以外の被告らがそれぞれ原告の主張する建物に居住することにより各建物の敷地たる原告主張の土地を占有していることは認める。原告飯塚、同立花、同分部、同夏目および原告田中先代又蔵が本件土地を訴外中島から賃借したことは知らない。田中又蔵の死亡により原告田中は同人相続したことは認めるが、その余の事実は否認する。と述べ

二、抗弁として

かりに原告ら訴外中島との間に原告主張の賃貸借契約が成立したとしても、訴外中島は昭和二五年三月八日本件土地を訴外石川に売渡し、同三四年その旨の所有権移転登記を経由しており、訴外中島はすでに、本件土地の所有権を失っているから、訴外中島の本件土地所有権を代位行使せんとする原告らの請求は理由がない。被告清水は原告ら主張の土地全部を石川が買受けると同時に同人から管理を依頼され、この管理権に基き被告らは前示のように占有をなしているのである。と述べ、

三、原告らの再抗弁に対し、

原告らの主張の日に訴外石川のため本件土地所有権移転登記が為されていることは認める。原告ら主張の仮処分決定がされその登記がなされたことは知らない。かりに仮処分がなされてもその効力は争う。と述べ

立証≪省略≫

理由

一、建物収去(退去)土地明渡請求について、

本件土地が、訴外中島の所有に属していたことは当事者間に争がないところ原告らは本件土地所有者である右中島と昭和二三年一〇月二五日原告田中先代又蔵、および右原告を除くその他の原告らとの間に別紙図面に表示された部分につき賃貸借契約が成立したと主張するのでこの点につき証拠を見ると≪証拠省略≫および原告飯塚武芳本人尋問の結果をそう合すると、原告らは昭和二三年一〇月二五日当時所有者訴外中島との間に本件土地のうち原告主張の部分一八七坪七合三勺について田中又蔵および原告田中以外の原告らが従前占有していた土地はそれぞれ個別的に原告らが共同使用していた土地は右五名が共同して、それぞれ賃料を協定し、期間定めず、普通建物所有の目的で賃貸借契約を結び、その各賃借部分は原告の主張するところと合致するものであることが認められ、右認定に反する証人中島幸作の証言は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして原告田中の先代又蔵が昭和三八年七月一日死亡し、原告田中が同人を相続したことは当事者間に争がなく、以上の認定の事実および弁論の全趣旨から原告田中は又蔵の右賃貸借契約上の権利義務を承継したものと認めることができる。

従って原告らは本件土地につき訴外中島に対し賃貸借契約上の債権者たる地位にあるものというべく一方、被告らの本件土地上の建物の所有および占有ならびにその敷地たる本件土地の各部分の占有については当事者に争がないのであるから訴外中島が被告らに本件土地所有権を主張しうる場合には原告らは訴外中島の本件土地所有権を代位行使して被告らに各その占有部分の明渡を求め得られる筈である。然るに被告らは昭和二五年三月二八日本件土地は訴外中島から訴外石川に対し売渡され、同三四年一一月四日その旨の登記を経由しているから、右中島には代位行使さるべき所有権はないと主張し、原告らは右売買を否認しかりにこれが認められても右登記前に本件土地の処分禁止仮処分を有する原告ら仮処分債権者に対抗できぬという。

そこで、≪証拠省略≫および被告清水清本人尋問の結果をそう合すると訴外中島は昭和二五年三月二八日本件土地を訴外石川に売渡した事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠は存しないところ、右につき同日売買を原因とする訴外中島から訴外石川に対する所有権移転登記が昭和三四年一一月四日受付をもって為されていることは被告らの認めるところである。

しかしながら、訴外中島が昭和二五年三月二八日本件土地を訴外石川に売渡したことが認定されても、その登記前の同年一〇月一四日原告田中先代又蔵および原告田中を除く、その余の原告らを仮処分債権者として、訴外中島に対して本件土地の譲渡その他の処分を禁止する旨の仮処分決定がされ、同月一六日受付を以てその旨の登記が為されていることは成立に争のない甲第一号証により明らかであるから、たとえ、その後の同三四年一一月四日訴外中島石川間の売買による所有権移転が登記されても、訴外石川は本件土地所有権の取得を仮処分債権者である原告ら(原告田中は先代又蔵の権利承継者として、以下同じ)に対抗できないものと解するのが相当であるが、右仮処分の効力は絶対的なものでないから、訴外中島と訴外石川および被告らとの関係を考えて見ると、訴外中島は訴外石川および同人の権利を援用する被告らに対しては売買契約の当事者たる売主として本件土地所有権を有することを主張することはできないはずであり、原告らが債務者中島のすでに売買によって失った所有権を代位行使するに由なきものの如くである。

然しながら前記のように、処分禁止の仮処分が後に為された訴外石川の本件土地所有権移転登記は、仮処分債権者たる原告らに対抗できないものであり、この仮処分が登記されてある以上は、原告らは訴外中島から訴外石川への本件土地所有権移転を否定し、現に訴外中島に所有権ありと主張し得られるのであり、被告らは訴外石川の所有権取得ないし売買契約上の権利を有することを以て仮処分債権者たる原告らに対抗し得ないものと解するのが相当である。従って原告らは訴外中島に本件所有権ありとして、その所有権を賃借権者としての立場で代位行使することができる。(なお右仮処分決定は昭和三七年五月七日確定したことは成立に争のない甲第二号証により、その本案訴訟と見うけられる土地引渡請求事件の判決は原告側の勝訴となり同年五月四日確定したことは成立に争のない甲第九号証により知り得られる)

然りとすれば被告らにおいて本件土地所有者と目すべき訴外中島に対抗するに足る占有権原の主張のない本件にあっては、原告らが本件土地につき請求の趣旨記載のとおりの建物を収去して土地明渡、或は建物から退去して土地明渡を求める本訴請求は理由がある。

二、原告らの被告清水に対する損害金請求について、

被告清水が原告田中を除く原告らおよび田中先代又蔵が昭和二三年一〇月二五日訴外中島から本件土地を賃借した頃から、別紙第八目録の土地を除くその他の別紙目録記載の土地を占有していることは前示のとおり当事者間に争のなくこれらの土地につき原告ら(田中又蔵を含む)に賃借権があることこれ又前に認定したとおりであるから、被告清水は右占有によって原告田中を除くその他の原告らおよび田中又蔵(又蔵死亡後昭和三八年七月一四日以降は原告田中)は賃借権の行使を妨げられて損害を蒙っているわけであるが、右権利の侵害は被告らの故意又は過失に基くものでなければ損害賠償の義務なきところ、本件訴状送達前においては、被告らに故意過失を認め得べきものなく被告清水は本件訴状送達によって原告らの借地権の存在を知り又は知り得べかりしに敢て占有を続けたものとして少くとも過失を認定し得られる。

次に損害額についてであるが右によって生じた損害は一坪金一〇〇円の割合によるとの原告の主張はこれを明認するに足る証拠なくその算出の基礎は不明であるが本件土地の一ヶ月の賃料が昭和二三年一〇月二五日当時一八七坪七合三勺で金一、五六八円であり、訴外中島と訴外石川間の本件土地売買代金は昭和二五年三月二八日当時一坪金二、五〇〇円であることは証人中島幸作の証言、および被告清水清本人尋問の結果認め得られるところでありこれらと成立に争のない甲第五号証などをそう合し当裁判所に顕著な物価騰貴の経過を考え合せれば、昭和三八年八月一日当時の本件土地賃料相当額は一ヶ月一坪金一〇〇円を超えるものと推断される。

右のように解すれば被告清水清は本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三八年八月四日から被告飯塚に対し別紙第四ないし第七および第九目録記載の土地明渡に至るまで一ヶ月金一、一二六円、同分部に対し別紙第一〇目録記載の土地明渡に至るまで一ヶ月金二八〇円、同田中に対し別紙目録第一一記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金一五〇円、原告ら五名に対し別紙第一ないし第三目録記載の土地明渡済に至るまで一ヶ月金九八九円の割合による損害金の支払を為すべき義務がある。

従って右限度に於て原告らの損害金請求は理由がある。

よって、原告らの被告らに対する本訴請求は主文第一ないし第四項記載の限度に於て正当としてこれを認容しその余はこれを失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条により被告らの負担とし、仮執行の宣言については、同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

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